弱者のためのボン教ゾクチェン瞑想

シャンシュン・ニェンギュの教え

ご縁のある皆様へ大切なお知らせ

三宝に帰依します。

 

 私がGWに「ポワ瞑想」のワークショップを開催することについて、以前このブログでご紹介しました。「ポワ瞑想」という言葉が出て、このブログの読者の中には、驚かれた方も少なくないと思います。とつぜん驚かせてしまい、大変申し訳なく思い、ここで「ポワ瞑想」について説明したいと思います。端的に結論から申しまして「ポワ瞑想」とポアはまったく異なるものなのです。

 

 「ポア」というのは、かつて30年近くも前に日本中を巻き込んだ大事件を起こしたある新興宗教で使用されていた言葉です。私はその新興宗教とはまったく関係がありません。その悪しき大事件が起きたとき、私は日本にはいませんでした。その大事件が起こる一週間ほど前に、私はゾクチェンの教えを求めて日本を離れネパールのカトマンズに到着していたのです。ある日私は、日本で何か大きな事件が起きた話を、チベット人の知り合いから聞きました。

 

 その知り合いは「やれやれ、孝彦は日本人なのに日本で起きていることについて何も知らないようだね」と呆れた顔をしながら私を自宅に連れていき、リビングに置かれた大型テレビでBBC英国放送協会)のニュースを私に見せてくれました。

 

 そのニュース番組の中で、5分ほどその大事件について取り上げられていましたが、その内容は速報的な内容だけで、詳しい内容や続報を知ることはできませんでした。当時はまだインターネットが一般的に普及していなかった時代だったので、ネパールにいた私は遠く日本で起きていた大事件についてそれ以上何も知ることができなかったのです。

 

 その新興宗教内で叫ばれていた言葉が「ポア」です。これは罪がないのにその新興宗教にとって都合の悪い他人を死に至らしめることを意味した恐ろしい言葉です。「ポア」が意味したことは犯罪行為であり、慈悲のかけらも存在していません。つまり「ポア」はブッダの教えではないのです。

 

 一方で「ポワ瞑想」は、古くからチベットに伝承されている慈悲深いブッダの教えです。人は誰も死を逃れることができません。熟練の瞑想修行者ならば、死の正体を見極め、死を解脱や精神の開放を手に入れるチャンスに変えることができます。一方で、一般の人はなかなかそこまで瞑想を極めるために割く時間がないかもしれません。多くのそうした人たちの役に立つのが「ポワ瞑想」なのです。

 

 なぜならば「ポワ瞑想」はとても簡単で、誰にでも取り組める瞑想だからです。実際かつてチベットでは瞑想修行者や僧侶だけでなく、農作業に追われ学校に行くことができず文字を読むこともできなかったシニアの男女もこの瞑想に励み救われてきました。彼らは「ポワ瞑想」を心の拠り所にして生涯を送ってきたのです。

 

 生前に1週間から10日ほど励めば、熟練の瞑想修行者や僧侶でなくても、誰でも「ポワ瞑想」に成功することができます。それくらい簡単な瞑想なのです。

 

 そして死が訪れ、意識と身体が分離する瞬間をとらえ、「ポワ瞑想」を実践することにより、ブッダの浄土に生まれ変わることができたり、再び人間として生まれ変わることができるのです。このように「ポワ瞑想」はたくさんの人々を救う瞑想なのです。「ポワ瞑想」と「ポワ」がまったく異なることをご理解いただけたと思います。

 

 最後まで長文をご覧いただき、ありがとうございました。今後とも引き続き、ぜひぜひスル供養の御継続と私の活動に対する御支援を心からお願い申し上げます。箱寺孝彦

 

【お知らせ】

 

今日積んだ功徳があなたのところに届きますように。