ゾクチェンの教えを日本で伝授している箱寺です。ゾクチェンの教えやチベット瞑想について執筆しています。よろしくお願いいたします。
トンパ・シェンラップはチベットのブッダであり、ボン教の始祖です。この方は今から18000年前に、神秘の国オルモリンに王子として生まれたとされています。このオルモリンは、シャンバラと同じ国だと言われることもあります。ボン教の経典にはオルモリンの地形が詳しく記述されていて、地図も描かれています。
ボン教の教えでは、通常このオルモリンは異次元の国だと説明されます。信心深いボン教徒以外ならば、異次元の国といわれても 面食らってしまうことでしょう。空想の産物としか考えられないはずです。ところが、オルモリンは歴史上の重要な秘密を内包していると主張している人たちがいます。その人たちは、なんと、欧米の研究者や学者さんたちです!オルモリンについてのとても興味深い動画を発見しました。
この動画の中で中央に座っているのは、チベット人で著名なチベット学者のツェリン・タル教授です。彼は何かと日本と縁があり、たびたび来日されています。私も一度「みんぱく」の仕事で、大阪でお会いしたことがあります。
教授によれば、ボン教の経典では主に、オルモリンが二種類記述されているそうです。タジクのオルモリンと、シャンシュンのオルモルリン。タジクのオルモルリンは、ボン教の教義で説かれている異次元のブッダの国です。一方、シャンシュンのオルモルリンとは、古代シャンシュン王国をオルモルリンに見立てたもの。シャンシュン王国は実在した国です。
ボン教の経典によれば、オルモルリンの中央には須弥山がそびえたち、それはカイラス山になぞることができます。オルモルリンの中央から四方に向けて四つの川が流れだしているとボン教の経典に記されていますが、実際カイラス山からはインダス川やヤルツァンポ川やブラマプトラ川などが流れ出ています。
また、あるチベット学者はオルモリンは西チベットのプランだと主張している人もいるそうです。とにかく、現在欧米ではたくさんの学者や研究者がボン教を研究していて、一種のブームが起きていて、オルモリンも注目を集めているのです。
続いて、ツェリン・タル教授は、ある二人のロシア人研究者について語り始めます。彼らはなんと、オルモリンは「古代中央アジアの地図そのもの」だと主張しているのです。なんと大胆な仮説!
8世紀に仏教がインドからチベットに導入されるまで、チベットは西方から強く文化的影響を受けていた。古代チベット人は、西方の歴史や文化に詳しかったのです。その知識が失われないように、古代チベット人たちはオルモルリンの地図を作り上げ、そこに貴重な知識を保存したというのです。
ボン教経典やオルモルリンの地図には、たくさんの都市が描かれています。その中には「頭を背合わせにした獅子」という名の都市が記述されています。現実に、あるイラクの古代都市遺跡から、「頭を背中合わせにした獅子」の文様が多数発掘されています。
このことから、オルモルリンはボン教徒の空想の産物ではない可能性があり、チベット黎明期の文化を探る手立てになるというのです!
研究者にとって、トンパ・シェンラップの伝記『ジジ(栄光)』は百科事典のような文献です。他の文献資料には出てこない、植物や花の名前が記述されているそうです。それらは実際、西チベットの古代植物を指しているのかもしれません。古代中央アジア史を知るうえで、『ジジ』は大変重要な文献なのです。
ボン教経典『ジジ』は著名なチベット学者デビット・スネルグローブ教授が、「Nine Ways of Bon」というタイトルで1967年に出版しています。
仏教に対して篤い信仰心を持った現在のチベット人は、どうしてもインドの方ばかり見てしまいます。しかし、「チベット人とは誰なのか?」「チベット人はどこから来たのか?」という問いに応えるためには、もっと西方やボン教文化に注目する必要があります。この話は長くなるので、また別の機会に。それにしてもボン教や古代チベット文化の話は、奥深くとてもワクワクしますね!
それではまた!
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